また開く花のように

9章

間抜けな話だ。ようやく夢が叶い霊能力者に過去生を教えてもらえたというのに、それが気に入らぬだけではなく、何としても、あなたは愛の無い結婚などしないと言ってくれる別の霊能力者をさがさなくてはいけなくなってしまったなんて。M女史が言ったことを否定してもらうためなら、私は、もう一度六万五千円払うことだっておしくはなかった。

しかし、前回のように申し込んで一ヶ月待つなどという心の余裕がないものだから、すぐに受けられるセッションをさがすのだが、霊能力者に会いたい人間は私だけではないようでなかなか予約がとれない。

運命という言葉に怯える日々。

友ちゃんと兄が、夜、ひょっこり我が家に顔を出したのはそんなときだった。

「よく来たねー」七十になった父も大喜び。彼らが買ってきてくれた料理とビールが机の上に並び、すぐに宴会がはじまる。

九月に入ったってビールはおいしい。

女史め)と、ばかりにくいくいと飲む。

皆でわいわい騒ぐことの少なくなった父もうれしくてペースが少々早かったのかもしれない。普段は言わないことを口にする。

「綾も、もうすぐ三十一になるんだよなー。いやな、前にな、本当に気持ちの優しい、いい奴がいてな、どうかなと思って家に連れてきたんだよ。でもな、父さんほど格好良くないものだから、綾のやつ、すぐ部屋に引っ込んじゃったんだよ。面食いで困るよな」そう、あれは自然食品店でバイトしていたときのこと。運命の人に出会いたくて、出会いたくて、会う前の期待が大きすぎたのだ。陽気なお笑い芸人のようなあいさつに圧倒され、五分と経たずに自分の部屋に引っ込み、ベッドの上で泣きながら眠ったあの日のことは、私にとっても、恥ずかしくて思わず笑ってしまう思い出。そんな話やめてよ、と、怒りはせず、かわりに私は言った。

「結婚なんてしないよ。霊能力者にみてもらったら、アルコールの問題がある男性と愛のない結婚をするって断言されちゃったんだから」と。すると、

「なんだ、おまえ見てもらいにいったのか?」という父と、ほぼ同時に兄が言った。

「どうせ見てもらうなら友に見てもらえばよかったのに」と。

すぐには何を言っているのかわからなかった。けれど、子供の頃、朝「今日、もどってくる」と彼女が言った、まさにその日、いなくなって一週間経つ我が家の猫がひょっこりもどってきたことを思い出しきいてみた。

「と、ともちゃん、未来がわかるの?」

「未来なんて、まだ何も決まっていないのよ」謙虚な友ちゃん。しかし、兄が自慢気に口をはさむ。

「ほら、昔から、僕たちのおじいさんや妖精が見えていただろう? 僕も、この前、過去生をみてもらったんだけどね……」

「ほんとー、過去生もわかるの?」

兄の話をきいている余裕はない。

「私のもみてー! そんでもって、私が愛のない結婚なんてしないって断言してー!」

「いいよ。どれだけ力になれるかはわからないけど。ねぇ、綾ちゃん、今度の日曜日、うちに遊びにこない? 俊ちゃんはいないんだけど、誕生日のお祝いにご馳走させてよ」

「行く、行く、絶対に行くー!」

こうして私は、女史の言葉を否定してもらうために、わざわざ鎌倉まで出かけていくことになったのだった。

 

天気は晴れ。秋の風が吹くさわやかな日だった。

鎌倉駅まで迎えにきてくれた友ちゃんと、ぶらりぶらりと歩いてまず海まで行き、それから彼らの家にいったのだが、海水浴場から数分という近さには驚いた。

でも、もっと驚いたのは、我が家の隣にあった友ちゃんの家のように、母屋の隣に、ふたりがアトリエとして使っている離れが建っていたこと。

あの日、友ちゃんが私にいろいろ教えてくれたのも母屋ではなくこの離れのほう。ふたりそれぞれがアトリエとして使っているふたつの部屋の他にトイレと小部屋があって、この小部屋が落ち着くからいいのではないかと彼女が選んだ。

十年ちかく経ってアロマの講座に通いはじめたときの初回、教室でこの日の記憶が鮮明によみがえってきて思い出したが、あの部屋はラベンダーの匂いがしていた。

「私にわかることといったら、たとえば、綾ちゃんのオーラは森のように深いグリーンが目立つだとか、そのぐらいのことでしかないの。だから、今日は、綾ちゃんや私を守ってくれている高次の存在の言葉をなるべく自分の考えをはさまずに伝えていこうと思うんだけど、それでいい?」

「うん」

「もし、違うんじゃないかと思うことがあったら無視してね」

わざわざ鎌倉まで出かけてきたものの、もしかしたら占いによるアドバイスかもしれないと半分は思っていた。けれど、そうではないらしいということを知り私の胸は高鳴った。

「情報を得て人に伝えるとき、私の意識がどこかに飛んでしまうわけではないの。でも、少しぼーっとした状態になるから自分が言ったことをはっきり覚えていないときもあるぐらいなの。だから、しゃべっているのが私だからといって遠慮しないで何でも質問してみて」

「うん」

「最初は私が受け取る情報を一方的に伝えてもいい?」

「うん」

「じゃあ、始めるね」

友ちゃんは私を見つめながら身体を左右にゆらし姿勢を正し、そして、話しはじめた。

「最初にお伝えしたいのですが、」話しているのは、もう友ちゃんではなかった。

「あなたは今の生にかぎらず魂が成長する過程においても、最も大変な時期をすでに越えましたよ」

突然の言葉に面食らったものの、大変といえば、私の場合、やはり例の理不尽な強迫観念で、強迫神経症の発症からスタートした大混乱の日々をもう乗り越えたと教えてくれているのだと理解したとき、しょっぱなであるにもかかわらず熱いものが込み上げてきた。

封じ込めてきたマイナスの感情が思い蓋を吹き飛ばし暴れ出した三十歳のあのとき、あれはあれでとても辛かった。だからM女史のセッションを受けもしたのだ。しかし、「最も大変な時期をすでに越えましたよ」と言われれば素直にうなずけたし、ああ、自分はもう大丈夫なのだと思うことができた。友ちゃんの人柄がどれだけ関係していたかはわからないが、彼女の口を通して私に語りかけてくる何者かの愛がひしひしと伝わってくるようで、うっかり涙をこぼすところだった。

「幾度もの生を繰り返し、あるところまで成長すると、本来のパワーが内側からどんどんと溢れ出てくるようになるのです。しかし、肉体を持った状態でこのエネルギーに慣れるということはたやすいことではなく、過酷な体験を伴う場合も多いですし、時には、圧倒され、精神的なバランスをくずし、そのような状態がいくつもの生にわたってしまうことさえあるのです。

これは、成長には苦しみが不可欠という皆が抱く想念とも関係しているのですが、ゆくゆくは、あなたのようにこの過程を越えた者たちによって、混乱した魂たちが沸きあがってくるエネルギーを維持できるようになるまでに必要とする時間も徐々に短くなっていくことでしょう。

ひとつ伝えておきたいのですが、あなたが経験してきたことは、前世で犯した罪のせいというわけではありません。ただ、進化の過程をたどってきただけなのです。ですから、自分をコントロールできない体験をしたからといって、自分は駄目だなどとは、けして思わないでください。

溢れ出てくるエネルギーはかなりの量ですから、まだ完全とはいえませんが、年を重ねるにつれ、あなたは、それを自分のものにしていくことができるでしょう。

 

今生、あなたは思考の問題をクリアしてさらに開発させていくという目標をも立てて生まれてきたようです。

しかし、例えば、もう不要となった古い感情が浮上してきたとき、まるで嵐の中にいるように感じたあなたは一生懸命、頭を使うようですが、それは、ほとんど役に立ちません。その感情から目をそむけたり抵抗したりしなければ、いずれその感情はあなたから離れていきます。浮上してくるまでは、自分の中にあることも気づいていなかったかもしれませんが、それは、長いことあなたの中にあって、度々あなたの足を引っ張ってきたのです。ですから、感情が浮上してきたら、頭で解決しようとせず、自分から離れていく過程を見守ってみてください。

思いきり泣いたあとで、自分が軽くなったように感じたときがあるでしょう。

あなただけではありません。地球の変換期である今、今生だけではなく、幾度もの転生の中で生じた古い感情を手放そうとしている人がたくさんいるのです。

あなたにとっては、頭を使うより身体を使うことのほうが有効なようです。

全身の筋肉をバランスよく動かせるような、水泳だとか、歩くことだとか、ダンスだとか。そう、ボディーワークを受けることもお勧めします。

また、脳をバランスよく開発させていくためにも、音楽を聴いたり、絵を描いたりとということもしてみてください。何か、そういったことをなさっていますか?」

「福祉の職場で通所者と絵を描いているうちに楽しくなってきて……」友ちゃんに言うのは恥ずかしかったが、事実なので正直に言う。

「とてもいいと思います。ぜひ、たくさんの色を使って描いてみてください。瞑想というのは、座禅を組まなければできないものではなく、歩いたり、絵を描いたりしているうちに同じような状態になることもあります。常に忙しく考えている頭を休ませ、うちからのメッセージを受け取れるような時間も大切にしてみてください。

 

最も大変な時期を越えた今、あなたはようやく、『信頼』という言葉の意味を理解しはじめているようですが、導き、自分自身、そして、あなたと共に歩いている人たちへの信頼がさらに深まっていけば、『恐れ』は消えていくことでしょう」

まだまだ自己嫌悪でのたうちまわることが多かったものの、ふと、中高時代を振り返り、よくここまで来れたと感じることもあったあの頃。確かに、人生への信頼は、すでに芽生えていたのだろう。

 

友ちゃんが伝えてくれるメッセージは、身体のことをのぞいては、興味深いことばかりで、とても満足できた。しかし、質問があるかと言われれば例のことをきかないわけにはいかない。

「あのー、霊能者に、つい自分の未来をきいてしまったところ、子供は持てるけれど、アルコールの問題がある人と愛のない結婚をすると言われてしまったんですけど、これは、変えられないのでしょうか?」

「その瞬間のエネルギーをよみ彼女はそう言ったのでしょうが、あなたのエネルギーがどんどん変化しているように、未来も明確に決まってなんていません。

ただ、今生、あなたは、子供を持つことを計画して生まれてきたわけではないようです。

持てないと言っているわけではありませんから誤解しないでください。あなたはすでに、自分の選択で道を決めていくことができるだけ成長した魂なのですから。

しかし、今生はたくさんの課題を抱えて生まれてきていますから、母親になることで、さらに複雑な人生となっていくことは確かです。

あなたにとって子供を持つということは、けして新しいことではありません。フランスの郊外で農婦をしていたときは十人以上の子供がいました。

そう、何度も何度も経験してきたことなんです。ですから、今回はお休みしてもいいのではないかと思いますが、あくまでも、あなたの選択です」
 
 人間、努力、根性ではどうにもできないこともあるもので、そんな時は、こんなふうに、まぁ、一回きりの人生ではないわけだし、今生は、別の計画立ててきたんじゃなかったっけ? と、思ってみるのもいいよな、と、最近は思う。けれど、まだ三十歳だった私が、そうたやすく切り替えられるわけはなく、「あなたの選択」という言葉だけを、有難く頂戴することにした。

 

ちなみに、最も計画してきてほしかったことを差し置いて私が計画してきたことというのは、成長するということ自体で、私のように大変なところを通り抜けた者は、いずれ後に続く者に手を差し伸べるようになると、高次の存在とやらは教えてくれた。

それにしても、もし、女史の予言を否定してもらう必要がなかったら、友ちゃんを訪ねて鎌倉にいくことはなかったのだと思うと、あらためて、自分の身勝手さが悔やまれる。